ストーリー


背中に視線を感じ、ゆっくりと振りむく。
シーザー「……」
銀色の髪が風になでられ、微かに揺れている。
髪の間から見える金色の瞳は、明らかに少女を捉えていた。
シーザー「……やっと見つけた」
シーザー「貴様はオレの……。――オレの、獲物だ」
カラミア 「ひと口飲んだだけで酔いつぶれるなんてなぁ」
フーカ 「うぅ。すみません、カラミアさん……」
カラミア 「はいはい」
フーカ 「ひっく……カラミアさん、やさしいから好きでーす」
カラミア 「はいはい」
カラミア 「まったく、世話のやけるお嬢さんだ」
アクセル「くそ……、どこだ……?」
リビングルームでアクセルが右往左往していた。
両腕を前につきだし、ぶつかったものを手で触れている。
フーカ「アクセルくん、どうしたの?」
アクセル「その声は――。
……なんでもない、探しものをしているだけだ」
アクセルはプイと顔をそむけ、別方向へよろよろと歩き始めた。
フーカ(これって、アクセルくんの……)
床に落ちていたそれを拾い、アクセルへ近づく。
フーカ「もしかして、これを探しているの?」
アクセル「……?」
アクセルは薄目でフーカの顔を確認しながら、少女の手に触れた。
眼鏡のフレームを指先で感じ、ほっと息をつく。
アクセル「ああ、ありがと――……っ!」
眼鏡をかけた瞬間、距離の近さを意識して。頬が赤く、紅く、染まっていく。
導かれるまま、フーカはスカーレットの後を追った。
たどり着いた先は、街の外れにある小高い丘。
スカーレット「星の正体が知りたいと、言っていただろう」
草の上に座り、風に髪をもてあそばれながら、目下に広がる景色を見るスカーレット。
スカーレット「街よりも、星がよく見える。……僕の好きな場所だ」
スカーレット「ライフルのスコープを使えば、星がより大きく見える」
スカーレット「……少しのあいだ、君に貸してあげる」

キリエ「……肩の力を抜いてください。
 撃つこと自体は簡単です。引き金を引くだけですから」

キリエに体を預け、指示に従いながら銃を構える。
数メートル先の的を見すえ、
 息をとめ、引き金にかけた指を後へひく。

間髪無く。静けさを裂くように、銃声が鳴り響いた。
キリエ「……なかなか、センスがあると思いますよ」
フーカ「本当ですか?」
キリエ「ええ、アクセルよりは上手です。
 彼の射撃精度の低さはもはや病気ですから」

キリエ「訓練をつめば、銃弾を無駄遣いするカラミアにも勝てるかもしれませんよ」
フーカ「キリエさんは?」
キリエ「私は比較対象になりません。
  銃を使うぐらいなら、標的の懐に入って無力化させます」

キリエ「……例えば、『銃の扱い方を教えてやる』と言って近づき、腕の中に閉じ込めます」
キリエはクスクスと笑いながら、フーカの肩に頭をのせた。
キリエ「この距離なら、軟首をへし折るほうが容易で、経済的です」
フーカ(お祭限定のメニューかぁ……)
ソウに頼まれ、一緒に考えることになったものの、
良案が思い浮かばない。

白紙に向けていた視線をあげると、ソウと目があった。
フーカ「上機嫌だね。いい案が浮かんだの?」
ソウ「ううん。オレのためにいろいろ考えてくれてるんだなーって思うと、なんだかうれしくて」
フーカ「……メニューのことは?」
ソウ「ちゃんと考えてるよ。けど、キミのことはもっと考えてるかな」
遠くでは、ホウホウとフクロウの鳴き声。
近くでは、パチパチと焚き木の爆ぜる音。
かすかに聞こえる吐息に耳をすませながら、口をひらく。
フーカ「スカーレットくん、まだ起きてる?」
スカーレット「……ああ」
フーカ「今日はありがとう。それと……ごめんなさい」
スカーレット「君をかばった時に作った傷のことを言っているなら、聞きあきた」
スカーレット「君が無事なら、それでいい。
……怪我をさせたとなったら、オズファミリーは黙ってはいないだろうから」

スカーレット「昼前には街に戻れるよう、早く寝よう」
フーカ「うん。おやすみなさい、スカーレットくん」
スカーレット「……おやすみ、フーカさん」
(ご想像にお任せします)

アクセル「……意味がわからない」
アクセルが呆気に取られるのも無理はない。
あのシーザーが、
ソウの屋台でウェイターとして働いていたのだから。
シーザー「……注文は」
カラミア「シーザー、お前まっとうに生きることにしたのか?」
シーザー「うるさい。注文を言え」
フーカ「シーザーさん、エプロンよく似合ってます」
シーザー「……目障りだ。貴様ら、さっさと帰れ」
ソウ「シーザーさん。お客さんには敬語ですよ、敬語!」
シーザー「チッ……」
シーザー「大変不快ですので、貴様らは早急にお引き取りください」
ソウ「そういう意味じゃないですよー……」
キリエ「さっさと帰ろうとするなんて、貴女は酷い女性ですね」
キリエは、部屋を去ろうと背を向けたフーカの腕を掴むと、ぐいと抱き寄せた。
キリエ「価値あるものを差しあげたのです。礼をすべきだとは思いませんか?」
恋人のいじわるな微笑みに負けないよう、フーカは眉を寄せる。
フーカ「……強引に押しつけてきたのはキリエさんです」
キリエ「ええ。そして、受け取ったのは貴女です」
フーカの両肩に手を添え、ベッドにそっと押し倒す。
あくまで優しく、上品に。
キリエ「私の大切なものを差しあげたのです。貴女の大切なものを、私にください」
愛しい少女を見つめながら、彼女のスカーフを解いていく。
何者かに背後から襲われ、路地裏に連れ込まれる。
悲鳴をあげるよりもはやく、口を塞がれてしまった。
体を拘束する腕は力強く、容易に解くことができない。
ソウ「静かに。……このまま、動かないで」
フーカ(この声は、ソウ……?)
普段と異なる、低い語気。
尋常ではない雰囲気に、フーカは声を発することを忘れてしまった。
ソウ「怖がらせてごめんね? けど、アイツらが通りすぎるまで我慢して」
背後、数メートル先から聞こえる複数の慌ただしい靴音。
足音の持ち主たちの口調は荒く、少女の名をしきりに口にしていた。
ソウ「大丈夫だよ。……キミのことは、オレが守るから」
カラミア「そうか。ははっ、よかった!」
幸せをかみしめるように、カラミアはフーカを抱きしめた。
少女の額に軽く口づけ、髪に顔を寄せる。
カラミア「……ずっと、迷ってた。俺はおまえが好きでも、おまえが俺を好きだとは限らない」
カラミア「拒まれて俺たちの関係が崩れるなら、保護者のままでいたほうがいいかもしれないって」
カラミア「勇気を出してよかった。……受け入れてもらえて、本当によかった」
カラミア「ありがとう。これからもよろしくな、俺のお嬢さん」

アクセル「どうして、そんなことをする。そんなに僕のことが嫌いか!」
キリエ「いいえ。好きでも嫌いでもありません」
アクセル「なら、どうして……どうして放ってくれない、なぜ彼女に構うんだ」
キリエ「いけませんか? 貴方しか接してはいけない、というわけでもないでしょう」
アクセル「彼女は僕のものだ」
キリエ「大切な女性をもの扱いですか、可哀想に」
アクセル「黙れ……黙れ!」
キリエ「どうしますか。銃で私を殺してみます?
ノーコンの貴方がそんなことできるはずないでしょうけどね」
アクセル「……やってやるさ。この距離なら可能だ。絶対に外さない」
キリエ「それでも外すから、ノーコンだと言われるんですよ。
試してごらんなさい。絶対に、私を撃てませんから」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
フーカ(ドリアンさんに見つからないようにハーメルンさんと木箱に隠れて、それから――)
唇が開放されてからも、フーカは呆然としていた。
鼻先に隻眼の男の吐息を感じ、我に返る。
フーカ(それから、キスされた……!)
フーカ「ハーメルンさ――」
ハーメルン「おっと、大声は出すなよ。見つかっちまってもいいのか?」
人差し指をフーカの唇にあて、ハーメルンは口の端をあげた。
フーカ「それは……」
ハーメルン「いいのか? こんなところ見られたら、おまえさんのイメージはガタ落ちだろうよ」
ハーメルンは少女の髪をひとふさ手にとると、上目遣いでフーカを伺いながら口づけた。
ハーメルン「まあ……フーカちゃんが聖女だろうが悪女だろうが、俺は構わない」
長い指が、少女の紅潮した頬の輪郭をなぞる。
ハーメルン「おまえさんは、俺の天使にちがいないんだからな」
スカーレット「見せびらかすようなものじゃないんだが……」
スカーレットは周囲を軽く確認したあと、シャツの一番上のボタンを外した。
スカーレット「これが、僕がグリムファミリーである証だ。カラミアさんたちも、体のどこかにオズの証があるはず」
スカーレット「所属するマフィアの証を体に刻む。それがこの街の決まりだ」
スカーレット「この証はほどこせば最後、消すことは難しい」
スカーレット「だから……どのファミリーに入るかよく考えたほうがいい。……選べる自由が、君にはあるのだから」
アクセル「……パ」
ソウ「パ? パって料理、扱ってたっけ……。もしかして、パンのこと?」
アクセル「ち、ちがう。そうじゃない」
ソウ「えー、じゃあなに?」
アクセル「なっ、2度も言わせようとするなんて、嫌がらせか」
ソウ「そんなんじゃないよ。本当に聞き取れなかったんだもん」
ソウ「えー。顔を真っ赤にしちゃうような料理、扱ってたかなぁ〜……」
アクセル「……フーカくん、耳を貸してくれ」
フーカ「うん、いいけど……」
アクセル「パフェを、君から頼んでくれないか」
フーカ「アクセルくん、パフェが食べたいの?」
アクセル「なっ、大きな声で言うんじゃない」
ソウ「そっか。アックン、パフェを頼もうとしてたのか」
ソウ「……え、でもパフェって全然恥ずかしい料理じゃないけど?」
アクセル「恥ずかしいだろ、充分。男が甘いものを食べるなんて……」

フーカ「間違ってることを正さないで目をそらしてしまうなんて、らしくないです」
パシェ「しかし、私は……無力だ」
パシェ「あやつの前では、剣を振るうことさえできない。大切な部下や領民を守ることもかなわない」
パシェ「……力に屈服するほか、道はないのだ」
フーカ「そんなこと言わないでください」
パシェ「だが……真実だ」
フーカ「そんなこと……そんなことない」
フーカ「私の尊敬するパシェさんは、絶対に諦めたりなんかしません」
フーカ「自分の信念を貫き通す、どこまでも真っ直ぐでかっこいい人です」
フーカ「みんなを助ける方法はきっと見つかります。どうか……負けないでください」
パシェ「フーカ……私は……」
フーカ「先生……?」
扉を静かに閉め、診療所内へ歩を進める。
フーカ(物音がしない、いないのかな)
フーカ(滅多に外出しない、みたいなこと言ってたのに……)
フーカ「……ん」
???「……」
フーカ(誰だろう、この人……)
フーカ(綺麗な金髪……光があたって、キラキラしてる)
フーカ(先生のお友だちかな?)
???「……ん、んん……」
フーカ(あ、起こしちゃったかも……)
アクセル「本当?」
フーカ「うん」
アクセル「……本当に、本当?」
フーカ「本当だよ」
アクセル「………………そうか」
アクセル「よかった。……期待はしてなかったんだ」
アクセル「この気持ちはひとりよがりだと思ってて……告白する気も、全然なかったんだ」
アクセル「ボスに比べて愛想が悪いしキリエに比べて……頭は悪いし。見込みなしだと思ってた」
アクセル「だから……ごめん、この気持ちをうまく表せそうにない」
アクセル「君が好きだ。……心から、好きだよ」
フーカ「ごめんなさい、約束を破ってしまって」
キリエ「いいえ、お気になさらず。悪いことばかりではありませんよ、貴女の悲しむ顔が見られたのですから」
フーカ「悲しむ顔って言われると、なんだか複雑ですけど……。
こんな顔でよければ、いくらでも見てください!」

キリエ「では、これからもずっと見ていていいですか?」
フーカ「ずっとって、朝までですか?」
キリエ「いいえ。明日も、明後日も。ずっと、貴女を見ていたいのです」
フーカ「明後日も……明明後日も?」
キリエ「うーん……回りくどい言い方は効果的ではないようですね。いいでしょう。では率直に言います」
キリエ「貴女のことが、好きです」